はじめに
「ケアマネが採用できず、利用者を断らざるを得ない」「後継者がいないまま、自分の体力も限界に近づいている」——居宅介護支援事業所を取り巻く環境は、年々厳しさを増しています。買い手にとっては、慢性的なケアマネ不足の中で有資格者と利用者基盤をどう確保するかが死活問題です。売り手にとっては、長年築いた利用者との信頼関係や地域連携の実績を、どう適正価格で引き継ぐかが最大の関心事でしょう。
本記事では、居宅介護支援事業所のM&A市場の実態から、ケアマネ資格者数・利用者数・地域連携という3つの評価軸を中心に、相場感・デューデリジェンスのポイント・売却前の準備まで、実務に即した内容を網羅的に解説します。
居宅介護支援事業所のM&A市場概況
市場規模と成長トレンド
居宅介護支援事業所は、介護保険制度において「入口」とも呼ばれる重要な存在です。ケアマネジャー(介護支援専門員)が利用者のケアプランを作成し、訪問介護・通所介護・施設サービスなど各種介護サービスへの橋渡しを担います。
2024年時点で全国に約16,000事業所が存在し、要介護認定者数の増加に伴い利用者数は堅調に伸びています。65歳以上の高齢者人口は2040年頃にピークを迎える見通しであり、中長期的な需要増加は確実です。
一方で、事業所数自体は近年飽和から微減傾向に転じています。新規参入よりも廃業・統合が増えているのが実態です。とりわけスモールM&A市場では、大手介護法人や医療法人が地域基盤を強化する目的で小規模事業所を買収するケースが顕著に増加しています。
この背景には、単独での事業継続が困難になっている小規模事業所の増加があります。その最大の要因が、次に解説するケアマネ資格者の深刻な不足問題です。
ケアマネ資格者の深刻な不足問題
ケアマネジャーの資格保有者は全国で約70万人にのぼります。しかし、実際に居宅介護支援事業所等で実務に従事しているのは約37万人に過ぎません。つまり、有資格者の約半数が介護現場を離れている状態です。
このギャップが生まれる原因は複合的です。
- 処遇面の問題:ケアマネの平均年収は約360〜420万円程度で、責任の重さに対して報酬が見合わないと感じる有資格者が多い
- 業務負荷の増大:書類作成・多職種連携・利用者対応など業務量が年々増加し、バーンアウトによる離職が後を絶たない
- 受験者数の激減:ケアマネ試験の受験者数はピーク時の約14万人から近年は5万人台まで落ち込んでおり、新規参入が細っている
この結果、ケアマネ1名が退職しただけで事業の存続が危ぶまれる小規模事業所が続出しています。廃業を検討している事業所は全体の約20%に達するとも言われており、こうした事業所がM&Aの売り手として市場に出てくるケースが急増しています。
こうした市場環境は、買い手にとっては大きなチャンスでもあります。次章では、買い手が居宅介護支援事業所を買収する具体的な理由とメリットを見ていきましょう。
買い手向け:居宅介護支援事業所を買収する理由とM&A検討ポイント
ケアマネ資格者の確保が最大目的
居宅介護支援事業所のM&Aにおいて、買い手の最大の動機はケアマネ資格者数の確保です。
通常の採用活動では、求人を出しても応募ゼロという状況が珍しくありません。人材紹介会社を利用すれば1名あたり60〜100万円の紹介料が発生し、それでも定着するとは限りません。一方、事業所を丸ごと買収すれば、実務経験を持つケアマネ有資格者を即座に確保できます。
例えば、ケアマネ3名が在籍する事業所を買収すれば、採用コスト換算で180〜300万円相当の節約になるだけでなく、利用者との関係性や業務ノウハウもそのまま引き継げる点が大きなメリットです。
利用者ベース獲得による報酬アップ
居宅介護支援事業所の利用者数は、そのまま買い手の収益基盤に直結します。
具体的には、買収した事業所の利用者を自社グループの訪問介護・通所介護・福祉用具貸与などに誘導することで、クロスセルによる報酬の最大化が可能になります。2024年度の介護報酬改定では、居宅介護支援費の逓減制緩和やICT活用による取扱件数の上限緩和が進んでおり、効率的な事業運営ができる買い手にとっては追い風です。
利用者50名の事業所を買収した場合、年間の介護報酬収入は約700〜900万円(居宅介護支援費のみ)ですが、関連サービスへの連携を含めるとグループ全体で数千万円規模の売上増につながるケースも珍しくありません。
地域での経営基盤強化
もう一つ見逃せないのが、地域連携ネットワークの獲得です。
居宅介護支援事業所のケアマネは、日常的に地域の医療機関・地域包括支援センター・訪問看護ステーション・薬局などと密接に連携しています。この地域連携の実績とネットワークは、新規参入では容易に構築できません。
特に、在宅医療を強化したい医療法人や、特定エリアでのシェア拡大を目指す介護チェーンにとって、地域に根差した居宅介護支援事業所の買収は最短ルートとなります。
買い手のデューデリジェンスで確認すべき5項目
居宅介護支援事業所の買収を検討する際、通常の財務・法務DDに加えて、以下の業種特有の確認事項が極めて重要です。
| 確認項目 | 具体的なチェック内容 |
|---|---|
| ケアマネ資格者数と定着率 | 在籍人数・勤続年数・年齢構成・主任ケアマネの有無 |
| 利用者数と継続率 | 月次利用者数の推移・要介護度別構成・解約率 |
| 地域連携の実態 | 医療機関との連携件数・地域ケア会議への参加状況 |
| 行政処分・指導歴 | 過去の実地指導での指摘事項・改善命令の有無 |
| ケアマネの処遇条件 | 給与水準・残業実態・M&A後の継続意向確認 |
特にケアマネ資格者の離職リスクは最大のリスク要因です。M&A成立後に処遇格差や経営方針の変化を理由に退職されると、利用者も連鎖的に離れ、買収の意味が大きく損なわれます。買収前の段階で、少なくとも主任ケアマネとの面談と継続意向の確認は必須です。
売り手向け:売却前の準備と企業価値向上策
売却理由を整理し、タイミングを見極める
居宅介護支援事業所の売り手に最も多い売却理由は、後継者不在による事業承継とケアマネ採用難による経営悪化の2つです。
重要なのは、赤字転落する前に売却を決断することです。廃業間際になってから売りに出しても、ケアマネは既に退職し、利用者も減少しており、買い手がつかないか、極めて低い評価しか得られません。
理想的な売却タイミングは、以下の条件が揃っている時期です。
- ケアマネが2名以上在籍し、安定稼働している
- 利用者数が50名以上で大きな減少傾向にない
- 直近2期以上の決算が黒字である
- 地域の医療機関・包括支援センターとの連携が機能している
企業価値を高める3つの具体策
売却前に少しの工夫で評価額を引き上げることが可能です。
① ケアマネ資格者数の維持・確保
ケアマネの退職を防ぐため、売却準備期間中に処遇改善や業務負荷の見直しを行いましょう。主任ケアマネが在籍している事業所は、管理者要件を満たすため買い手からの評価が格段に高くなります。
② 利用者数の安定化と記録の整備
利用者ごとのケアプラン・モニタリング記録・サービス担当者会議の議事録を整理し、業務品質の「見える化」を図ります。利用者情報がデータベース化されている事業所は、引き継ぎがスムーズなため高評価につながります。
③ 地域連携の実績を文書化する
医療機関や地域包括支援センターとの連携実績は、口頭ではなく紹介件数・連携先リスト・会議参加記録として文書化しておくことが重要です。買い手にとって地域連携ネットワークは数字に表れにくい無形資産であり、文書化することで初めて適切な評価対象となります。
利用者とケアマネへの情報開示タイミング
M&Aにおいて最もデリケートなのが、利用者とケアマネへの告知です。
ケアマネへの告知は、基本合意書の締結後・デューデリジェンス開始前が一般的です。早すぎると不安による退職を招き、遅すぎると信頼関係が損なわれます。告知の際は、処遇条件の維持・改善について具体的な方針を示すことが不可欠です。
利用者への告知は、最終契約締結後かつクロージング直前が適切です。ケアマネが同じであれば利用者の不安は最小限に抑えられるため、ケアマネの継続が確定してから利用者に伝えるのが実務上のベストプラクティスです。
バリュエーション(企業価値評価):居宅介護支援事業所の相場と計算例
主な評価方法
居宅介護支援事業所のM&Aでは、以下の評価方法が実務で使われています。
| 評価方法 | 概要 | 居宅介護支援での目安 |
|---|---|---|
| 年買法(年倍法) | 時価純資産+営業利益×年数 | 営業利益の3〜5倍 |
| EBITDA倍率法 | EBITDAに倍率を掛ける | 2.5〜4.5倍 |
| DCF法 | 将来キャッシュフローの現在価値 | 中〜大規模案件で使用 |
スモールM&Aの現場で最も多く使われるのは年買法です。計算がシンプルで、売り手・買い手双方にとって理解しやすいのが理由です。
相場を左右する3大要因
同じ年商規模の事業所でも、以下の3つの要因によって評価倍率は大きく変動します。
① ケアマネ資格者数
– ケアマネ1名の事業所:倍率3倍前後(離職リスクが高い)
– ケアマネ3名以上・主任ケアマネ在籍:倍率4〜5倍
② 利用者数と安定性
– 利用者50名未満:倍率は低めに評価
– 利用者80〜150名で安定推移:高倍率の対象
– 要介護3以上の利用者比率が高いと報酬単価が高く、さらにプラス評価
③ 地域連携の厚み
– 特定の医療機関との連携実績が豊富:地域での代替が困難なため高評価
– 地域ケア会議への定期参加・退院時カンファレンスへの出席実績:加点要素
具体的な計算例
【モデルケース】
– 年間売上:1,800万円
– 営業利益:300万円
– ケアマネ3名在籍(うち主任ケアマネ1名)
– 利用者数:90名(安定推移)
– 地域の中核病院との連携実績あり
– 時価純資産:200万円
年買法での計算:
事業価値 = 時価純資産 + 営業利益 × 倍率
= 200万円 + 300万円 × 4.5倍
= 200万円 + 1,350万円
= 1,550万円
ケアマネが1名のみ、利用者が40名程度の場合は、倍率が3倍に下がり、事業価値は1,100万円程度まで低下します。
DCF法は将来5〜10年のフリーキャッシュフローを割引率で現在価値に換算する方法です。介護報酬改定リスクや人材流出リスクを割引率に織り込むため、スモールM&Aでは割引率が15〜20%と高めに設定されるのが一般的です。大規模案件や法人間取引ではDCF法が併用されますが、小規模案件では年買法をベースに交渉が進むケースがほとんどです。
- 国内最大級のスモールM&Aプラットフォームで、累計成約数はトップクラス
- 全国の税理士・会計士と連携した専門家ネットワークが充実しており、初めてのM&Aでもサポートが手厚い
- 売り手の手数料が実質無料(成約時の手数料を買い手側が負担するモデル)
- 介護事業を含むサービス業の案件が豊富で、買い手とのマッチング精度が高い
- 案件登録から最短1〜2ヶ月でマッチングが成立する事例もあり、スピード感がある
- 10万人以上のユーザーが登録しており、個人投資家から上場企業まで幅広い買い手層にリーチできる
- 売り手の登録・掲載は完全無料で、匿名掲載が可能なため情報漏洩リスクを抑えられる
- 買い手から直接オファーが届く仕組みで、複数の買い手候補を比較検討しやすい
- M&Aに関する学習コンテンツやセミナーが充実しており、知識ゼロからでも安心して利用できる
どちらに登録すべきか
結論としては、両方に登録することを強く推奨します。居宅介護支援事業所のM&Aは案件数自体が限られるため、買い手は両プラットフォームを常時チェックすることで機会損失を防げます。売り手も掲載先を増やすことで買い手候補が増え、競争原理が働いてより好条件での売却が実現しやすくなります。
登録はどちらも5分程度で完了し、匿名での情報収集から始められます。まずは市場にどんな案件が出ているか(買い手の方)、自社がどの程度の評価を受けそうか(売り手の方)を確認するだけでも、大きな一歩になります。
まとめ:居宅介護支援事業所のM&Aで成功するための3つのポイント
居宅介護支援事業所のM&Aを成功させるために、最後に3つのポイントを整理します。
1. ケアマネ資格者数の確保と定着が最優先
買い手はDD時にケアマネの継続意向を必ず確認し、売り手はM&A前に処遇改善を行って離職リスクを最小化してください。ケアマネが残らないM&Aは、利用者も収益も失う最悪の結果につながります。
2. 利用者数の安定性と関連サービスへのシナジーを見極める
利用者数は単なる「数」ではなく、継続率・要介護度・地域分布まで含めて評価しましょう。訪問介護や通所介護との連携によるシナジー効果を数値化できれば、適正な買収判断が可能になります。
3. 地域連携ネットワークという無形資産を正当に評価する
医療機関や地域包括支援センターとの連携実績は、財務諸表には載らない最大の強みです。売り手はこの実績を可視化し、買い手は引き継ぎ後の関係維持に注力してください。

