はじめに
「看護師がまた辞めてしまった」「報酬改定のたびに経営が不安定になる」「そろそろ引退を考えているが、利用者さんを放り出すわけにはいかない」——訪問介護・看護事業のオーナーであれば、一度はこうした悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。一方、買い手側にも「在宅医療ニーズの拡大に乗りたいが、ゼロから訪問看護ステーションを立ち上げるのはハードルが高い」という課題があります。
本記事では、2024年介護報酬改定を踏まえた最新の市場環境を整理し、看護師資格を持つ人材の配置状況やケアマネ連携の深さが企業価値にどれほど影響するかを、買い手・売り手双方の視点から徹底解説します。相場観やデューデリジェンスのチェックポイント、そして具体的な一歩の踏み出し方まで、このガイド一つで網羅できます。
訪問介護・看護市場の現状|M&A加速の背景
訪問介護・看護市場の規模と成長トレンド
日本の65歳以上人口は2025年に約3,600万人(総人口の約30%)に達し、2040年には約3,900万人へさらに増加すると見込まれています。こうした超高齢社会を背景に、在宅医療・在宅介護へのニーズは年々拡大しており、訪問介護・訪問看護市場は年率7~10%の成長を続けています。
特に訪問看護ステーションの数はこの10年で約2倍に増加し、2023年時点で全国約15,000か所を超えました。しかし、事業所の約6割が従業員10名未満の小規模事業所であり、経営基盤が脆弱なまま市場拡大の波に乗り切れていない事業所も少なくありません。
この「成長市場でありながら小規模事業所が多い」という構造が、M&Aを加速させる最大の要因となっています。大手介護事業者や医療法人が、自力での新規開設よりも既存事業所の買収によってスピーディーにサービスエリアを拡大する戦略を採るケースが急増しているのです。
2024年報酬改定がM&A市場に与えた影響
2024年度の介護報酬改定は、訪問介護・看護のM&A市場に大きなインパクトを与えました。改定の柱は以下の3点です。
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処遇改善加算の一本化と拡充:従来の「処遇改善加算」「特定処遇改善加算」「ベースアップ等支援加算」が統合・整理され、取得要件が明確化されました。適切に対応できる事業所は人件費原資を確保しやすくなった一方、事務対応力が不足する小規模事業所にとっては負担増となっています。
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医療・介護連携加算の強化:看護師資格を有するスタッフを一定数以上配置し、医療機関との連携体制を構築している事業所への加算が拡充されました。これにより、看護師が適正に配置された訪問看護ステーションの収益性は大きく向上し、M&Aにおける企業価値評価も上振れする傾向が顕著です。
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訪問介護の基本報酬引き下げ:訪問介護については基本報酬が引き下げられ、小規模で加算取得が進んでいない事業所の収益を直撃しています。この改定は、採算が厳しくなった事業所の売却意思決定を早めるトリガーとなりました。
「医療・介護連携強化」が買い手の投資判断を左右する理由
2024年報酬改定の方向性は、今後も「医療と介護の一体的な提供」を推し進めることが明確です。買い手にとっては、ケアマネ連携が強固で、地域の医療機関・居宅介護支援事業所との紹介ネットワークが構築されている事業所ほど、将来にわたって安定した利用者獲得が見込めます。
つまり、単に「利用者数が多い事業所」ではなく、「医療対応力が高く、ケアマネジャーや医師との連携基盤がある事業所」が買い手から高く評価される時代に入ったといえるでしょう。
こうした背景を踏まえ、次章では買い手企業が訪問介護・看護事業を買収する具体的な理由とメリットを掘り下げます。
買い手企業が訪問介護・看護事業を買収する理由
医療対応力の強化|看護師配置による加算優遇の活用
買い手が訪問看護ステーションを買収する最大の理由は、看護師資格保有者を組織的に確保できることにあります。2024年報酬改定では、看護師が常勤換算で一定数以上配置されている事業所に対する加算が拡充され、利用者1人あたりの単価が上昇しています。
たとえば、看護体制強化加算やターミナルケア加算を安定的に算定できる事業所を買収すれば、買い手は取得初年度から加算による収益上乗せ効果を享受できます。ゼロから訪問看護ステーションを立ち上げ、看護師を採用・定着させるまでに要する時間(通常1~2年)を考えれば、M&Aによる即時的な医療対応力の獲得は極めて合理的な選択です。
ケアマネジャー連携による利用者紹介ネットワーク獲得
訪問介護・看護事業の生命線は、利用者の新規獲得です。その入り口となるのが、地域のケアマネジャー(居宅介護支援専門員)からの紹介です。
優良な事業所ほど、地域の居宅介護支援事業所や地域包括支援センターと長年にわたる信頼関係を構築しており、毎月安定的に新規紹介を受けています。このケアマネ連携ネットワークは、財務諸表には表れない「見えない資産」であり、M&Aでなければ手に入らない価値です。
買い手はデューデリジェンスの段階で、主要紹介元のケアマネジャーとの関係性の深さ、紹介件数の推移、契約継続率を必ず確認すべきポイントとして押さえておきましょう。
グループ全体の相乗効果と利用者囲い込み戦略
すでに通所介護(デイサービス)や居宅介護支援事業所、福祉用具貸与事業などを運営している買い手にとって、訪問介護・看護事業の買収はグループ内でのワンストップサービス体制を構築する絶好の機会です。
利用者が要介護度の変化に応じて適切なサービスをグループ内で受けられる体制が整えば、利用者の離脱率は大幅に低下します。この「利用者の囲い込み」は、介護事業におけるLTV(生涯顧客価値)を最大化する戦略として、大手事業者が積極的にM&Aを仕掛ける理由の一つです。
報酬改定による収益性向上への期待値
2024年の報酬改定は、医療対応力が高い事業所にとって追い風となる内容でした。買い手が適切な事業所を買収し、加算要件を満たす体制を整えれば、買収後の収益改善幅は10~20%に達するケースも珍しくありません。
一方で、報酬改定は政策リスクでもあります。次回改定で加算内容が変更される可能性も常に念頭に置き、特定の加算に過度に依存しない経営体制を構築することが、買い手としての中長期的なリスク管理です。
では次に、売り手の立場から、事業売却を決断する背景とその判断基準を見ていきましょう。
売り手が直面する経営課題と売却の判断基準
看護師・ケアマネ採用難と人材不足の深刻化
訪問看護の事業運営には、管理者となる看護師をはじめとした有資格者の確保が不可欠です。しかし、看護師の有効求人倍率は慢性的に2倍を超え、地方では3倍以上に達するエリアも少なくありません。ケアマネジャーについても、試験合格率の低下と業務負担の大きさから新規参入が減少しており、採用市場は年々厳しさを増しています。
小規模事業所では、たった一人の看護師が退職しただけで指定基準を割り込み、事業継続そのものが危ぶまれるケースがあります。このような「人材一本足打法」のリスクを認識し、組織的な人材確保が可能な大手への事業譲渡を選択するオーナーが増えています。
2024年報酬改定対応に必要な投資コスト
2024年の報酬改定では、処遇改善加算の統合に伴う計画書の再作成、ICT活用による記録・報告体制の整備、BCP(業務継続計画)の策定義務化など、小規模事業所にとって事務負担が大幅に増加しました。
これらに対応するための人件費・システム投資は、年間売上3,000万~5,000万円規模の事業所にとっては無視できないコストです。「改定に対応するための投資を回収できるか分からない」という不安が、売却を検討する直接的なきっかけとなっています。
後継者不在による事業承継問題と売却のタイミング
訪問介護・看護事業の創業者は、50代後半~60代のオーナーが多く、後継者が決まっていないケースが全体の約6~7割に上ると推計されています。家族に承継する意思がない場合、選択肢は「廃業」か「第三者への事業譲渡(M&A)」のいずれかです。
売却のベストタイミングは、事業の業績が安定しているうちです。利用者数が減少し始めてから慌てて売却を検討すると、交渉力が著しく低下します。「まだ元気なうちに」「まだ黒字のうちに」動くことが、売り手にとって最も有利な条件を引き出す鍵です。
小規模事業所の採算悪化と事業継続のリスク
訪問介護の基本報酬引き下げにより、利用者一人あたりの売上単価が低下した事業所では、損益分岐点の利用者数が上昇しています。加算を十分に取得できていない事業所では、月次の営業利益がゼロまたはマイナスに転落するケースも出てきています。
こうした状況で無理に事業を継続するよりも、利用者と従業員を適切に引き継いでくれる買い手に譲渡する方が、関係者全員にとって良い結果をもたらすことが多いのです。
売却を視野に入れたとき、最も気になるのは「自分の事業はいくらで売れるのか」という相場観でしょう。次章で詳しく解説します。
バリュエーション(企業価値評価)|訪問介護・看護事業の相場と評価ポイント
訪問介護・看護事業のM&A相場感
訪問介護・看護事業のM&Aにおける企業価値評価は、主に以下の手法で算定されます。
①年買法(年商倍率法)
スモールM&Aで最もよく使われる簡易的な評価手法です。
譲渡価格 = 時価純資産 + 営業利益 × 年数(倍率)
訪問介護・看護事業の場合、年買法倍率は0.8~1.5倍が一般的です。ただし、以下の条件に該当する事業所は倍率が上振れします。
- 看護師資格保有者が常勤で複数名在籍し、加算取得体制が整っている
- ケアマネジャーとの連携が強固で、毎月安定した新規紹介がある
- 利用者の契約継続率が高い(年間離脱率20%以下が目安)
- 直近3年間の売上・利益が安定または成長傾向にある
②EBITDA倍率法
やや規模の大きい案件(年売上1億円以上)では、EBITDA倍率4~7倍が相場です。看護師配置が充実し、各種加算の算定実績が豊富な事業所では8倍超の評価がつくケースもあります。
③DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)
将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算出する手法です。訪問介護・看護事業では、報酬改定リスク(3年ごとの改定サイクル)を割引率に織り込む必要があるため、割引率は10~15%程度に設定されることが多いです。
具体的な計算例
【モデルケース】
– 年間売上:8,000万円
– 営業利益:800万円(利益率10%)
– 時価純資産:500万円
– 看護師常勤3名配置、看護体制強化加算・ターミナルケア加算算定実績あり
– ケアマネ連携先:地域の居宅介護支援事業所12か所と安定的な取引関係
年買法による評価:
500万円 + 800万円 × 1.2倍(好条件のため上振れ) = 1,460万円
EBITDA倍率法による評価:
EBITDA 1,000万円(営業利益800万円+減価償却200万円)× 6倍 = 6,000万円
実際の譲渡価格は、この範囲内で買い手・売り手の交渉により決まります。小規模事業所(年売上5,000万円以下)の場合は、年買法で500万~1,500万円程度が現実的なレンジとなるケースが多いです。
評価を上げるために売り手がやるべきこと
売却前に以下の点を整備しておくと、企業価値の上振れが期待できます。
- 看護師の雇用契約の安定化:在籍看護師が売却後も継続勤務する意思を確認し、可能であれば書面化する
- ケアマネ連携実績の可視化:紹介元ごとの紹介件数、利用者継続率をデータとして整理する
- 加算算定状況の一覧化:現在取得している加算と、追加で取得可能な加算を明確にする
- 訪問記録・利用者情報のデジタル化:紙ベースの記録を電子化し、引き継ぎの負担を軽減する
- 法令遵守・コンプライアンス体制の確認:指定基準の充足状況、過去の行政指導歴の有無を整理する
評価のポイントが分かったところで、次に「どこで買い手・売り手を見つけるか」について具体的なプラットフォームをご紹介します。
- 国内最大級の成約実績:累計成約数がスモールM&Aプラットフォームとしてトップクラス
- 専門家ネットワーク:税理士・中小企業診断士など、全国1,000名以上の登録専門家が売り手・買い手をサポート
- 売り手の手数料負担が軽い:売り手側の利用料体系が比較的リーズナブルで、小規模事業所のオーナーでも利用しやすい
- 介護事業の案件数が豊富:介護・福祉カテゴリの案件掲載数が多く、訪問介護・看護の案件も定期的に掲載されている
- 買い手登録数が豊富:投資家・法人を中心に10万人以上の買い手が登録し、幅広いマッチング機会を提供
- 匿名での情報収集が可能:売り手は事業の概要を匿名で掲載でき、関心を持った買い手だけに詳細を開示するステップ方式
- 案件の多様性:大手法人から個人投資家まで、幅広い層が買い手として参加しており、意外なシナジーを生む相手と出会える可能性がある
- M&Aに関する学習コンテンツ:初めてのM&Aでも安心して進められるよう、ガイド記事やセミナーが充実
両方に登録すべき理由
登録はいずれも無料で、まずは案件を閲覧するだけでも市場感覚が養われます。「売却を決めたわけではないが、自分の事業にどれくらいの価値があるか知りたい」という段階でも、登録してみることをおすすめします。実際に案件を眺めることで、同規模・同業種の事業所がどのような条件で売りに出ているかが分かり、自社の立ち位置を客観的に把握できるからです。
「まずは無料登録して市場を見てみる」——この小さな一歩が、事業の未来を大きく変えるきっかけになります。
まとめ|訪問介護・看護のM&Aで成功するための3つのポイント
訪問介護・看護事業のM&Aで成功するために、買い手・売り手の双方が押さえるべきポイントを3つに集約します。
1. 看護師資格保有者の配置状況を最重要指標とする
2024年報酬改定で看護師配置による加算優遇がさらに拡充されました。看護師の在籍数・雇用の安定性は、企業価値を左右する最大のファクターです。
2. ケアマネ連携ネットワークの価値を正当に評価する
財務諸表には表れない「ケアマネジャーとの信頼関係」こそ、訪問介護・看護事業の本質的な競争優位性です。デューデリジェンスでは必ずこの点を深掘りしてください。
3. 報酬改定リスクを織り込んだ中長期視点で判断する
介護報酬は3年ごとに改定されます。目先の加算だけに依存するのではなく、制度変更に柔軟に対応できる組織体制があるかどうかを見極めることが、M&A成功の鍵です。

